2009/09/28(Mon)
だいぶ時間が経ってしまったが、8月の終わり頃のある休日、大学の研究室へ行こうと最寄り駅から総武・横須賀線の快速電車に乗り込んだ。ところが、その日は夏の終わりの暑いながらも爽やかな日。電車の窓から空を眺めているうちに、何だか研究室に閉じ籠るのが無性にもったいなくなり、急にどこかへ行ってみたくなった。
結局その誘惑に勝てず、そのまま電車に揺られながら一人やって来たのが鎌倉。本当は大学へ行くはずが、大学のある都心を迂回した思い切った寄り道である。
鎌倉というと、前の職場の上司が北鎌倉に別荘を持っており、毎年春先になるとそこでバーベキューパーティを開くのが恒例となっていた(⇒『
BBQ in 北鎌倉』。だから北鎌倉までは、ここ何年かの間に何度か訪れていたが、鎌倉までやって来るのは中学校以来のことである。
本当はゆっくり時間をかけてあちこち見て回りたいところだが、残念ながら夕方から用事があるので、余り長居はできない。結局、鶴岡八幡宮の1箇所に絞り込んで行ってみることにした。
下の画像は、案内図。中学生の時に訪れているはずなのだが、どの場所も全く記憶に残っていなかった。
本宮前の大石段。中学校で訪れた時は確かこの辺りで記念撮影をしたような・・・。やはり憶えていない。
左右に随神の木像が控えた本宮入り口の門。八幡様といえば鳩。門の上方に掲げられた「八幡宮」の額の「八」の字は、二匹の鳩が向かい合った形に描かれている。
本宮内での撮影は遠慮したので、画像はこれでおしまい。
八幡宮というと武の神を祭っていることから、私には何となく無骨で素朴な感じの神社というイメージがあったが、今回訪れた鶴岡八幡宮は、画像にある本宮入り口のように朱色が良く映える、どちらかというと壮麗という言葉が相応しそうな神社だった。円覚寺など鎌倉時代の他の建物とも、ちょっと雰囲気が違っている。
と思って後で調べてみたら、現在の本殿は江戸幕府の徳川家斉に入って造営されたもので、代表的な江戸建築なのだそうだ。なるほど!と思った。
それにしても、中学生の頃に一度鶴岡八幡宮を訪れているはずなのに、何でこんなに憶えていないんだろうな〜。私の歴史好きは中学生の頃に始まるが、その頃は建物とか文化ではなく、人物が興味の対象だったから、そのせいだろうか。
余り長居はできず、旅行というより陽気に誘われぷらっと散歩気分でやって来た鎌倉だったが、寺社散策を十分に堪能することができた。たまには誘惑に負けてみるのも良いものだ。
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2009/09/25(Fri)
キンシバイ(小石川植物園:2009年6月20日)
さて、今回は、こりずに帰省中の思い出話の4回目である。
帰省3日目と4日目は、親戚の方々との宴会が続き、浴びるように酒を飲けた2日間だった。
まず帰省3日目は、お墓参りと祖母の誕生祝いを兼ねて、祖父母の家に親戚一同が集まっての大宴会。まさにこんなイメージ↓(『サマーウォーズ』から)。
宴たけなわとなったところで、我々一家と叔父叔母は引き上げることになり、飲まなかった弟が叔父の車を運転して帰宅の途についた。父と母を実家でおろし、弟と義妹、私は叔父と叔母を乗せ、そのまま叔父宅へ。
叔父宅では、新しいワインが手に入ったという叔父に乗せられ、ついつい試し飲みを始めたのが運のつき。そこから第二ラウンドに突入した。どのぐらい飲んだのか、自宅まで兄弟3人仲良く歩いて帰ったはずなのだが、正直どこをどのように帰ったのかよく憶えていない。しっかりものの弟がいて助かった。
第三ラウンドはその翌日。この日は、父のお誘いで伯父夫婦と従兄弟たち、その子ども達がやって来た。そこで始まったバーベキュー大会。二日酔いだった自分は、アルコール類を飲むのはもちろん、臭いを嗅ぐのも、見るのすら遠慮したいと思っていた。が、それも最初だけで、ちょっと舐めてみるつもりだったのが、気づけば前日同様グビグビ飲み始めていた。これだから酒好きってやつは・・・。
でも、まあこんなにだらしなく旨い酒が飲めるのは、飲みの相手がいつまでも自分を可愛がってくれるおじやおば、いとこたちだったからこそのものである。連日の楽しい飲み会だった。
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2009/09/16(Wed)
エゾミソハギ(小石川植物園:2009年6月20日)
前の記事に書いているように、帰省2日目はウッドデッキの補修を手伝ったが、そのお礼のつもりか、翌日の朝、父が温泉に連れ出してくれた。
最近近所にできたという温泉で、一応ボーリングによって地下の源泉からお湯を引く天然温泉だそうだ。いずれにしても、ゆったりとした広い風呂に入るのは5年振り。心も体もリフレッシュすることができた。何より面白かったのがこちら。
(注意!私の足ではありません。画像:Wikipedia)
ドクターフィッシュである。足の角質を食べてくれるという魚で、嘘か真か、アトピーなどの皮膚病に効果があるそうだ。ドイツでは、医療保険の適用を受けるれっきとした医療行為なのだという。
私は歩くことが好きで、普段からよく歩いているので、足の裏は角質だらけである。そこで、試しにやってみることにした。テレビで見たことはあったが、もちろん初めての体験。恐る恐る水槽の中に足を入れた途端、わ〜とドクターフィッシュが群がってきて、足の裏をパクつき始めた。
はじめは、食欲旺盛(?)なドクターフィッシュのパクつきがくすぐったく、たまらず足を引き抜いたりしていたが、慣れるとけっこう気持ち良い。ただ、エサと化した自分の足に小魚たちがびっしりと群がる様子は、映像的にショックである。余り人には見られたくない様だ、と思っていたら、そんな時に限って神様は試練を与えるものだ。たまたま通りかかったどこかの子ども達が、わいわい集まってきたのだ。7、8人の子ども達が「ねぇ何やってんの?」とか「痛くないの?」とか、一斉に声をかけてきた。興味しんしんの子ども達に、何をやっているのか、聞きかじりのドクターフィッシュの説明をしてあげたが、何だかさらしものにされているような、ちょっと情けない気分だった。後で、その様子を見ていた父から「さすが元塾の先生!」と褒められたが。
何はともあれ、コースの10分が終わり、効果のほどはいかに?と思いながら、足の裏を触ってみると、確かにツルツルになったような気がする。でも、それは温泉の効果のような気もするし。結局、あの時古い角質が取れたのかどうか、今もって分からない。まぁでも、なかなか気持ち良いので、そのためにやってみる価値はあるのかもしれない。
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2009/09/12(Sat)
バラ(東京都庭園美術館にて撮影:2009年6月13日)
現在、外はものすごい大雨である。昼過ぎから買い物に出かけ、夜、帰宅途中の最寄り駅を出て数十メートル歩いた所で降り出した。慌てて駅に駆け戻りタクシーで帰宅。痛い出費である。傘を持っていけばよかった。
さて、前回の記事に引き続き、今回は帰省2日目の出来事である。この日は、朝から実家のウッドデッキの修理に駆り出された。ゴールデンウィークに帰省した時も、ウッドデッキの修理を手伝ったばかりだが(⇒「
実家での過ごし方」)、その後3カ月の間に別の箇所が朽ちてきたので、今回はその張り替えを行ったのである(下の画像はゴールデンウィーク時に撮影したもの)。
役割分担は前回と同じで、私は古い板を剥がし、新しい板を打ち付ける任務を仰せつかった。一度経験している作業のはずが、まるで初めて行う作業のように、手先が動いてくれなかった。とはいえ、段取りをだいたい憶えていたからか、前回に比べて効率良く作業が進み、予定より早く全工程が完了した。
ウッドデッキの補修は無事終了したものの、指先を金づちで打ち付けたり、作業中ひざをぶつけたりと、体中傷だらけである。作業が終わった後、指を見たら血豆が2つもできていた。この不器用さは、どうにかならないものだろうか。私の不器用は、わが家ではちょっとした伝説となっている。汚名返上を狙ったものの、かえって自分の不器用さを痛感した帰省2日目であった。
それにしても、暑いさ中の作業。その日の夜のビールが最高だったことは、いうまでもない。ビールを飲んでいると、突然父から「次はいつ帰ってくるんだ?」と尋ねられた。息子が帰省してきたのがうれしいのかな?などと思いながら、「次は正月かな・・・」と答えたところ、父が「じゃあ次の修理は正月だな・・・」とのこと。ガ〜ン。
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2009/09/11(Fri)
朝晩がだいぶ涼しくなった。うっかり毛布をかけずに寝た時には、床についた時はそれ程でなくとも、明け方にはあまりの寒さに目覚めてしまう。また、5時半起床の私は、近頃の起きた時の薄暗さに驚く。ついこないだまで、太陽がさんさんと輝いていたのに。
というわけで、季節は着実に秋色に染まりつつある。秋が大好きな私としては、うれしい限りだ。
さて、秋が深まる中、今一度夏を振り返ってみると、今年の夏も仕事ばかりで、余り遠出をしなかった。数少ない遠出は、実家の福島に帰省したこと。夏休みを利用し4泊5日で帰省してきた。そろそろ記憶が薄れかけてきたので、ここらで帰省中の出来事をまとめておこうと思う。
まずは帰省初日である。帰省するのに19時30分の新幹線を予約していたが、思わぬ残業が入り、職場を出た時、時計は19時を回っていた。これは間に合わないと判断し、職場を出てすぐにタクシーを捕まえた。虎ノ門から東京駅までひとっ走り。運良く信号にも捕まらず、10分程で東京駅に到着した。
最近よく東京駅を使う私だが、丸の内南口と八重洲南口を繋ぐ通路に、ダロワイヨがお土産用の出店を出しており、前々から気になっていた。多少時間に余裕ができたので、ダロワイヨに立ち寄りお土産を購入することに。出店の前に並ぶと、色合いの豊富さで一際目立っていたのがマカロン。甘いものが大好きな私が、もちろんマカロンが嫌いなはずがない。マカロン目的でスタバに立ち寄ったりもする。そこで、実家のお土産にマカロンのセットを購入することにした。
お土産を買い、新幹線に乗車。特にトラブルもなく、実家のある福島県郡山市まで80分の旅路である。実家では母と義妹が迎えてくれた。父は既に寝た後で、弟は残業。一家の長男が久しぶりに帰省したというのに・・・(笑)。
とはいえ、ほどなく弟が帰宅し、久しぶりの家族の団欒である(父抜きだが)。お土産のマカロンを披露すると、わが家では誰もマカロンを知らなかった。ヨーロッパ好きの母が知らなかったのも意外だったが、私よりも若い弟と義妹が知らなかったのも意外。まぁ、そういう私もマカロンというお菓子の存在を知ったのは、つい1年ちょっと前ぐらいのことだが・・・。流行に鈍感なところは、わが家の血筋である。
おかしかったのは、皆食べるより、何色が何味なのかを調べるのに一生懸命になっていたこと。確かにこう色とりどりだと、各色がどのような味なのかは気になるところだが、買ってきたこちらとしては、やきもきするばかり。こういう変なことに好奇心旺盛になるところも、わが家らしい。私もこの血筋を多分に引いている。
そんな家族の雰囲気にほっとしたようで、ビールを2缶飲んだらすっかり眠くなりダウン。こうして帰省初日は終了したが、何だかお土産を通じて、改めて自分を知ったという帰省初日だった。
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2009/06/26(Fri)
下の画像は、ノカンゾウ。自然教育園で撮影した。
先週の土曜日、一人白山へ行ってきた。下がその時の写真。
岐阜県と石川県、福井県の狭間に位置する日本三名山の一つは白山。でも、私が行ったのは、同じ「白山」でも文京区の白山。「この写真に写っている場所が本当に白山?」と思った方もおられるだろう(あくまで希望的観測だが・・・)。でも、間違いなくこの写真は文京区白山で撮った写真である。
この場所は、三田線白山駅を降りて徒歩10分ほどのところにある東京大学附属植物園、通称「小石川植物園」である。前の週に行った国立科学博物館附属自然教育園での感動に味をしめた私は、今度は小石川植物園へと行ってきたのだ。
上の写真のヒノキ林は、その小石川植物園で特に気に入った場所の一つ。自然教育園の記事で書いた言葉を繰り返すが、「ここが都心だということが、とても信じられない」!。写真のヒノキ林は、実はそれほど広くはないのだが、ご覧の通りの奥行き感。それに、写真で伝えることができないのは残念だが、都会の喧噪が全く聞こえない静寂な場所であった。「自分は今本当に東京にいるんだろうか?実は知らないうちに別の場所に来てしまったんではないだろうか?」と不思議な気分だった。フッと目を閉じて、次に目を開けた時に全然知らない場所にいたら、きっとこんな感覚だろう。
下の画像の中央に写っている大きな木(傍に人が立って上を見上げています)は、プラタナス。こういう自然の作りだした大きなものを見ると、自分の小ささを痛感して、何だか謙虚な気持ちになります。それにしても、プラタナスは、職場近くの通りにも植えられていてよく見かける木だが、こんなに大きなプラタナスを見たのは初めてかも。こんなに大きくなる木だったんだな〜。
そのプラタナスの木の真下から撮影。
もう一つ良いな〜と思った場所が下の写真。イロハモミジの並木道である。ベンチに腰掛けて読書する人たちの姿が(写真では分かりにくいが・・・)、視覚的に味を添えていた。まるで映画の一場面のようだった。紅葉の季節はさぞかしきれいな場所となるだろう。秋にもう一度来てみようと思う。
という感じでこの日は、東京ドーム12個分の広大な敷地を持つ小石川植物園を、約3時間かけてゆったりと散策してみた。天気にも恵まれ、最高に気持ちの良い自然散策となった。
ちなみに、この広い小石川植物園は今でこそ東京大学の付属施設となっているが、もともとは1684年、徳川綱吉が江戸幕府の将軍となったばかりの頃に、小石川御薬園として設立されたのがその始まりだとか。結構歴史のある場所である。だから園内では、小石川療養所の井戸があったりと(下の画像)、歴史の名残などが見られたりする。
小さな子供のいる家族は、池にいるオタマジャクシなど、小さな生き物を見たり、カルガモを眺めながら楽しんでいた。ここ小石川植物園は、そういういろんな楽しみ方のできる場所である。ここ最近、自分が訪れた場所の中では、最もお勧めできる場所かもしれない。そういえば、前の週に訪れた自然教育園も三田線沿線。三田線植物園めぐりとばかりに、自然教育園と小石川植物園をハシゴしたら、さぞかし楽しいだろう。
ちなみに、この後、休日をフルに満喫しようと、映画を見るため銀座へと向かったのだが、それまでの大自然とのギャップに大戸惑い。人の流れの余りの速さについていくことができなかった。銀座へ行かずにおとなしく帰宅していれば、もう少し自然散策の余韻を楽しめたかもしれない。欲張らなければ良かった^^。それにしても十分満足してお釣りが来るぐらいの一日であった。
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2009/06/21(Sun)
昨日の快晴とは打って変わって、今日は朝から雨が降って梅雨らしい天気である。
下の画像は、国立科学博物館自然教育園で撮影したドクダミ。この時期あちこちで見かける花である。私の職場の喫煙所は建物のベランダに設置されているのだが、ついこないだまでそこの芝生にも生えていた。が、気づくと一斉に刈り取られており、ショックだった。喫煙中の目の保養だったのに・・・。誰かが薬草として持ち帰ったのだろうか。
さて、前回の記事には1週間前の土曜日に訪れた国立科学博物館自然教育園の話を書いたが、その教育園のすぐお隣にあるのが東京都庭園美術館である。自然教育園で森林浴を満喫した後、その足で庭園美術館にも立ち寄ってみた。
下の画像が東京都庭園美術館。戦後間もなく皇籍を離れた朝香宮。その邸を改装して作られたのが、この美術館である。建物は1933年の建設。建物そのものがモダンで、美術的な価値の高そうな美術館だ。ちょうど今は、「エカテリーナ2世の四大ディナーセット ヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会」展が開かれている。
展覧会も気になるところだが、今回のお目当ては美術館ではなく、その庭園の方。
庭園は芝生広場、日本庭園、西洋庭園から構成されており、それぞれ違った趣を楽しむことができる(園内地図は
こちら)。
下の画像は、芝生広場の全景。きれいに刈り込んだ芝で、家族やカップルが寝転んだり、弁当を食べたりして思い思いに楽しんでいた。一見したところ、自然教育園と較べるてすれ違った人たちの年齢層が若い。一人でやって来た自分が、なんだか浮いているように感じた(笑)。
鹿の像を発見。この他、庭園の中にはあちらこちらに彫刻が何気なく置かれている。余りにも何気なく置かれているので素通りしてしまったが、後で調べてみたら、どれも有名な芸術家が作ったもばかり。もうちょっと、よく見ておけば良かった。
下の画像はどこぞの旧家でも撮影したような写真だが、門の先にあるのが日本庭園の茶室(分かりにくい)。朝香宮邸の一部として1938年に建設された建物である。中を見ることはできなかったが、外から見た限り、茶室というより昭和の文豪や政治家の隠れ家的な建物といった印象だった。
ちょうど今が美しい盛りのアジサイ。庭園のあちらこちらに咲いていた。ちなみに、最近はこのままではアジサイ写真集を作れるのでは?というぐらい、アジサイばかり撮影している(笑)。ということで、以下で数枚ほど公開。
お次はタマアジサイ。
アジサイの他にも、西洋庭園のバラを始めとして、シャリンバイ、スモークツリーなど、色々な花が植えられており、十分目を楽しませてもらった。
白金台には明治学院大学の図書館に用があって、一時通い詰めたこともあったのだが、自然教育園も庭園美術館も訪れたのは今回が初めて。存在は知っていて気になってはいたのだが・・・。実際に行ってみると、とても素敵な場所だということが分かったので、またちょくちょく訪れてみようと思う。
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2009/06/17(Wed)
5月の始め頃だったろうか、だいぶ前に撮影したひるがおである。ご近所にて撮影。
最近は週末のたびに雨が降ったり曇り空だったりと、天気のいまいちな日が続いていたが、先週の土曜日はようやくの晴天。このチャンスを逃すまじ!と、三田線は白金台へと行ってきた。
前々から、晴れたら植物園めぐりをしようと考えていた私がこの日訪れたのは、駅近くの国立科学博物館附属自然教育園。ここは南北朝時代、白金長者と呼ばれた豪族の屋敷跡地だったという場所で、「その後、高松藩主松平頼重の 下屋敷 (江戸時代)、陸海軍の火薬庫 (明治時代)、白金御料地(大正時代)と歴史をかさねてきた」場所。戦後すぐに当時の文部省に移管され、国立自然教育園として一般公開されるようになったのだそうだ。
下の画像が、園内の案内図である。数字の8を右下から外縁伝いにグルッと一周するようなコースである。
入り口を抜けると、目の前に広がるのは深い森。去年訪れた
鹿島神宮の森を思い出した。
都内でも、公園や寺社に行けば多少の緑を見ることはできるが、そのほとんどは造形である。ここ教育園も全く人の手が入っていないわけではないが、それを感じさせない。都心の真ん中に、こんな場所があるというのが、なんとも不思議である。江戸と呼ばれた頃の東京は、今では信じられないぐらい森深いところで、あちこちで蛍なども見られたそうだ。途中でみかけた看板に「今なお武蔵野の自然の面影をとどめている」と書かれていたが、「あぁ、昔の東京はこんなだったのか〜」と感慨にふけってしまった。
この感動をわかっていただくには、私の拙い言葉より写真を見ていただいた方が、間違いなく説得力がある。
ここが都心だということが、とても信じられない。
自分の住む千葉や実家の福島でもお目にかかれないような、きれいなトンボ。
尾瀬にいるような湿地。
園内ではあちこちにアジサイの花が咲いていたが、こんな珍しい花も(くさふじ:マメ科)。
この他、花の写真をまた何枚か撮影しているので、その写真は今後の記事でおいおい紹介していくことにする。
それにしても、東京にこんなに自然のきれいな場所があったとは。かえすがえすも感動である。こんなに森深いところなら、さぞかし紅葉もきれいだろう。次は紅葉のシーズンに再び訪れたい。
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2009/01/31(Sat)
ちょうど1週間前の記事にも同じことを書いているが、梅雨か!?というぐらい天気の悪い日が続いている。今年は、例年晴れる日の多い関東地方としては珍しい冬。
下の画像は、引き続きラン。まるで星のようだ。ラン・シリーズはこれでおしまい。
先日、ちょっとした用があって、塾の同僚J先生とK先生とともに、朝から成田市へと出かけてきた。
早々と用を済ませ、時間を持て余してしまったわれわれ三人は、成田山新勝寺へと行ってみることにした。
成田山に来るのは、これが2度目。前回訪れたのは10年前。房総旅行をしている祖父母の付き添いで、ここへ訪れたのだった。J先生とK先生は初めてとのこと。
下の画像は、新勝寺境内の総門。
ちなみに、成田山新勝寺は940年の開山。寛朝大僧正という偉いお坊さんによって開かれたお寺だそうだ。真言宗のお寺で本尊に不動明王を祭っている。940年というと平将門の乱(935年〜)の頃。不動明王が祭られ、開山の時期が将門の乱の真っ最中と聞けば、開山の経緯は大体想像できる。調べてみると、寛朝大僧正が難波からはるばる成田の地にやってきた理由は、動乱平定の祈祷を行うためだったそうだ。やっぱり!という感じ。祈祷の後そこにお堂を建て、新勝寺としたのだそうである。「平将門」に「祈祷」などという言葉が出てくると、『帝都物語』を思い出してしまう・・・。
さて、恐らく1月の上旬頃は初詣の参拝客で大賑わいだったであろう成田山新勝寺だが、この日は平日の朝早い時間だったということもあり、わりと落ち着いた様子である。
下の画像は、仁王門(の裏側^^)。1831年に再建されたもの。
仁王門を抜けると、右手に狛犬を発見。「キケン ちかよらないでください」の札が吊るされていたので、「近づくと噛み付かれでもするんだろうか?」などと思わず口に出しそうになったが、よく見ると、近くの灯篭にも同じ札が下げられている。・・・倒壊が危険なだけだった。危うく恥ずかしい思いをするところだった。ふー、こんなとき自分の想像力の豊かさが怖い(違いますね^^)。
仁王門を抜け、急な階段をどんどん登っていくと広場に出る。そして広場の正面に見えるのが大本堂である(下の画像)。先日、浅草寺の本堂を見たときも立派だと思ったが、大きさでいえばこちらの方が上である。われわれが訪れた時は、入り口の所で何か工事をしていた。画像手前に写っているのはK先生。
三重塔である。1712年の建立だそうだ。保存の仕方が良いのか、仁王門よりも新しく見える。
本堂まで行き、3人で参拝し生徒達の合格を祈願。先月末の湯島天神から数えると、これで3度目の合格祈願だ。
その後、生徒達へのお土産として合格達磨を買おうということになり、境内や境内の周りにある出店を渡り歩いた。たいていどの出店にも達磨は置かれているが、800円も値引きしてくれた店があり、8号の達磨を4つ購入した。
達磨を購入したわれわれは、目的を達成し新勝寺を後にした。
先日訪れた浅草寺と違って面白いな〜と思ったのは、真言宗の新勝寺では護摩が売られているというところ。さすが密教の宗派というだけはある。
時間的な都合から、大本堂の裏手にある成田山公園や旧本堂を見ることができなかったのは、心残りだった。また、仕事の合間に訪れたということもあって、じっくり一つ一つ見て回ることができなかった。寺社めぐりは、やはり休日に限るな〜。
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2009/01/09(Fri)
何だかサーバー元のdtiブログの調子が、ものすごく悪いようだ。えらい接続が悪くなっている。
下の花はサンタンカ(山丹花:イソクラ・コッキニア)。日本的な名前だが、れっきとした熱帯の花である。ちなみに、学名の「イソクラ」は、ヒンドゥー教の最高神である「シヴァ神」を意味するそうだ。夢の島熱帯植物館にて撮影。
冬期休暇が終わり、静かだった大学が学生たちで溢れ返っている。まあ大学が学生で溢れているというのも、当然といえば当然の話なのだが。
さて、先日の日記にあるように、毎年初詣に訪れている湯島天神だが、今年はちょうど前日の大晦日の日に行ってしまったため、初詣の行き場を失ってしまった。どこへ行こうか考えながら先延ばししてきたのだが、大学に行く途中で手軽に行ける寺社に的を絞り、冬期休暇の最後の日である1月7日の午前中ようやく初詣に行ってきた。
向かった先がこちら。
雷門。とくればお分かり頂けるだろう。浅草の浅草寺である。さすが全国区のお寺だけあって、年明けから1週間が経とうとしているのに、ものすごい人ごみだった。下の画像は仲見世。「元禄、享保のころ」に始まった日本で最も古い商店街の一つだそうだ。
浅草寺といえば、やはり雷門が有名だが、下の宝蔵門も立派である。どちらの門も942年(この頃の宝蔵門の名前は仁王門)に作られたものだったが、こちらは1964年にホテルニューオータニの大谷米太郎によって再建されたものだそうだ。942年といえば、関東地方ではこの7年前に平将門の乱が起きた頃。将門公と何かしらの関係があるのだろうか?暇な時に調べてみよう。
五重塔。江戸幕府の三代将軍家光が寄進したものを1973年に再建したものだそうだ。近くで見ると思った以上に高い。法隆寺の五重塔や各地の城郭などを見るといつも思うが、木造でこれだけの高層建築を立ててしまう昔の日本人の技術力ってすごい。
そして本堂である。
浅草寺の草創(628年)は推古朝だという。つまり聖徳太子の頃からあったお寺というということになる。日本に仏教が伝わったのが538年なので、このお寺は日本の仏教史の始め頃から存在してきたということになる。もっと新しいお寺だと思っていたので、意外に歴史のあるお寺だということが分かり、若干の驚きである。このお寺の草創が本当に推古朝だったとすると、仏教は当時の辺境の地であった関東地方にまで及んでいたということになる。仏教を重んじる飛鳥王朝の支配がこの頃の関東地方にもちゃんと確立していたということを物語っているともいえるだろう。
まあ何はともあれ、本堂で参拝しお守りを購入。無事、初詣を完了したというわけである。歴史を知ることができるというのが、寺社めぐりの楽しみの一つだが、たまらないほど興奮するのは、歴史的な知識と寺社のような目の前にある歴史的遺物が結びついた瞬間である(私だけ?)。今年は、こうしたマニアな興奮を味わいながらの初詣となった。興味のない人にはどうでも良いことなのだろうな〜。
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