2009/11/12(Thu)
かれこれ1ヶ月も前のことになってしまったが、10月の始めに大丸ミュージアム東京の『古代カルタゴとローマ展〜きらめく地中化文明の至宝』に行って来た。
カルタゴといえば、古代地中海世界を代表する都市国家。新興国家ローマとのポエニ戦争は、高校世界史最初の一大スペクタクルである。象部隊を率いるハンニバルのアルプス越え、スキピオの反撃、そしてカルタゴ滅亡と両雄の哀れな晩年・・・、などと想像するだけで興奮する部分だ。
そんなポエニ戦争期からローマ帝国統治時代の間のカルタゴの遺物を展示した展覧会。
カルタゴというと、ポエニ戦争の印象が余りに強いからか、同じ地中海国家のアテネやローマなどと比べて、何となく無骨な都市国家というイメージを持っていた。でも展示作品を見ると、それが明らかな誤解であることが分かる。
象牙細工の繊細さや彫刻の優美さは、見ていて鳥肌が立ちそうなほど美しい。見所としてテレビでも紹介されていたモザイク壁画には圧倒された。考えてみると、カルタゴは古代地中海世界最大の海洋国家。エジプトやギリシャなどと盛んに交易を行ったはずであり、実際その文化的な影響が随所に見られる。カルタゴは、交易や戦争だけでなく、芸術的センスにも長けた国でもあったのだ。
前の週に出かけた『トリノ・エジプト展』は、余りの混雑でほとんど作品を見ることができなかったが、こちらは逆に入り口で不安になるほど人が少なかった(早い時期に行ったからかもしれないが)。とはいえ、展示作品の質の高さは文句なしに素晴らしかった。東京での展示は終わってしまったが、今後も全国を回って行くようなので、近くで展覧会が開かれるようなら、ぜひ行ってみることをお薦めする。
2009/10/12(Mon)
ちょっとばかし時間が経ってしまったが、先日、東京都美術館で開かれていた『トリノ・エジプト展』に行ってきた。
トリノ・エジプト博物館が保管するエジプト新王国時代の遺物を展示するという展覧会。新王国時代の遺物というと、その歴史的価値はもちろんとして、何といっても驚くのはアブシンベル宮殿のような芸術性の高さである。
(アブシンベル宮殿:Wikipedia)
ということで、展覧会には前々から行ってみようと思っていたが、ようやく訪れたのは、終了を翌週に控えた9月最後の日曜日。展示会終了間際ということもあってか、行ってみると入場口から30分待ちの大賑わい。会場は案の定、説明をじっくり読むどころか展示物すらまともに見ることができない混雑ぶりであった。
それでも「アメン神とツタンカーメン王の像」など、何とか大型の展示物だけはじっくりと鑑賞。数千年も昔に作られたものとは、信じられないものばかりで、さすが「エジプトの愛した美の遺産」と銘打っただけはある。それだけに、もっと早い時期に来ておくのだったと、後悔が後に残る展覧会であった。
2009/10/06(Tue)
台風と秋雨前線の影響で、雨の日が続いている。あ〜青空が恋しい。
さて、先月19日から江戸東京博物館で、『よみがえる浮世絵 ―うるわしき大正新版画』が開催されている。
浮世絵といえば、江戸の文化の花。西洋画のような写実的な絵画と違って、物事の特徴を巧みに捉え表現するところが浮世絵の面白いところで、私は好きである。
ということで、開催初日は逃したものの、早速行ってみることにした。
展示されている作品は、パッと見、江戸時代の浮世絵とよく似ているが、よく見れば絵の被写体が近代的な建築物だったり、美人画の女性が洋服姿だったりと、やはり江戸時代の浮世絵とは違う。思わず見入ってしまうような繊細で細やかな美人画。はっと息を飲まずにいられない叙情詩的な風景画。外国人画家がインドの様子を描いたちょっと変わった浮世絵まで、さまざまな作品を楽しむことができた。
ありがちかもしれないが、私は江戸時代の浮世絵の中では、歌川広重の『東海道五十三次』が好き。特に今回展示されていた作品の中で最も心奪われたのは、そんな広重を彷彿とさせる川瀬巴水の作品。広重ほどの躍動感はなく、どちらかというと静かな作品が多かったように思うが、ひょっとしたら中に入れるんじゃなかろうか?と錯覚するような立体感と色具合に心奪われずにいられなかった。
やはり西洋画の影響を受けているからだと思うが、どの作品も、江戸の浮世絵より写実性に富んでいたように思う。西洋画を見慣れ、一方でマンガのような抽象度の高い絵に囲まれている現代人にとっては、かなり受け入れやすいのかもしれない。
作品は5つのテーマに沿って展示されており、各所に添えられている説明を読むと、浮世絵の再生に携わった人たちの苦難や努力を知ることができる。明治時代に入り浮世絵が廃れてしまったということは、常識として誰もが知っていても、廃れた浮世絵をよみがえらせようとした人々や彼らの作品を知っている人は少ないだろう。少なくとも私は知らなかった。説明を読むだけでも十分楽しめる内容だ。
という『よみがえる浮世絵』展だったが、見終えてみれば今まで以上に浮世絵が好きになった自分がいる。大満足の展覧会だった。おすすめである。
2009/07/30(Thu)
ムシトリナデシコ(小石川植物園、2009年6月20日)
今朝の蒸し暑さは、凄まじかった。自宅からバス停まで10分ほど歩くと、汗でぐっしょり。シャワーを浴びた意味がなくなった。アイロン掛けしたばかりのワイシャツはしわだらけだし、クリーニングから戻ってきたばかりのズボンからは、折り目が消えた(泣)。これだから夏ってやつは・・・。
そんな恨み節はここまでにして、だいぶ時間が経ってしまったが、今月の始め頃、久しぶりに姉に電話をした。盆の帰省予定を尋ねるためだったが、とっとと用を済ますと、話題は子ども達(甥っ子達)の夏休みの話に。義兄の仕事が忙しく、盆の里帰り以外は特に出かける予定がないのだという。そこでハッとひらめいた。「じゃー、自分がどこかに連れて行ってあげようか?」。
ということで、3連休2日目となった先週の日曜は、甥っ子たちを連れてのお出かけ。向かった先は海浜幕張。目的地は幕張メッセである。ちょうど開催中の『恐竜2009砂漠の奇跡!!』展に行ってきたのだ。
展示されている恐竜の化石はどれも大迫力。
下は、ティラノサウルスの頭蓋骨×4。なぜか、4方を向くように並べられている。思わず笑ってしまった。それにしても、頭蓋骨だけでかなりの大きさ。体を丸めた私が余裕を持って収まることだろう。
展示されていた化石の中でも、特に目を引いたのは、下の画像のマメンキサウルス(画像はその下半身)。人間誰しも、巨大なものには心奪われるてしまうものだが、マメンキサウルスの化石は何と全長35m。うち首の長さが16.9mというから、全長の大部分を首が占めていることになる。キリンのような恐竜である。もちろん体も大きい。化石をひっくり返したら、まさに船の竜骨である。人が何人いや何十人乗れるだろうか。その巨体には、ただただ圧倒されるばかりだった。
下の画像は、ステゴサウルスの化石を見る甥っ子たち。赤いリュックを背負っているのがお兄ちゃんのマー、青いリュックの方が弟のナー。理系頭のナーは化石から化石へとちょこちょこと巡り歩いては、せっせとメモをとっていた。マーはどちらかというと芸術家肌で、説明を聞いたり読んだりするよりは、ただひたすら化石を眺めている。説明よりも見た目の印象を楽しんでいるようだった。兄弟なのに性格が好対照な二人である。
幕張メッセを出た後、幕張海岸まで行ってみた。風が強かったので砂浜で遊ぶということはなかったが、3人で階段に腰掛けジュースを飲む様子は、傍目から見たらきっと親子だったろう。
そういえば、駅から幕張メッセに向かう途中、マーから「僕達親子みたいだよね」と言われた。若干照れながらも「もし、『この人はお父さんですか?』と聞かれたら、『お兄ちゃんです』って答えるんだぞ」と返したが、二人と歩いていると否が応でもパパ気分になってしまう。途中はぐれた時のため、待ち合わせ場所を決めたり、それでも迷子になったらどうしようかと、鑑賞もそこそこで二人から目を離さずにいられなかったり。だから、正直なところ、今回は展示物を余り見ていない。とはいえ、二人が楽しそうだったのが、自分にはとてもうれしい。恐竜より、心地よいパパ気分を楽む一日だった。
後でそんな話を姉にすると、「早く良い人見つければ」とのこと。全く余計なお世話である。
2008/12/21(Sun)
ポインセチア第二段である。ポインセチアというと、前の記事で紹介した種類を思い浮かべるが、下の画像はポインセチア・ドルチェローザという種類。花の形や色が珍しい。自分的には、赤いポインセチアはけばけばしく感じるので、こちらの方が好みである。
さて、昨日はせっかくの休日だというのに寝坊し、昼近くまで寝ていた。起きてメールを打ったり、掃除をしたりして、ばたばたと2時ごろ家を出た。
電車に乗って一人向かった先は、JR京葉線新木場駅。そこから歩いて10分ほどのところにある、都立夢の島植物館に行ってきた。先日、千葉市花の美術館に行ったばかりだが、植物鑑賞の面白さが忘れられず、今回は新木場までやってきた、というわけである。
夢の島植物館に来るのは今回が初めて。千葉市立花の美術館は、季節の花を展示した本館と、熱帯植物が展示される温室に別れていたが、こちらは全館温室で熱帯植物のみが展示されている。また、すぐそばにある新江東清掃工場の余熱を利用して、温室を暖めているエコな植物館でもある。
中に入ると温室の、心地良い湿気に包まれる。外見を見て大きいとな〜とは思っていたが、温室のドーム全体を内側から見渡してみると、外見以上に大きいと感じられた。
温室も大きいが、展示されている植物もまた大きい。高さ20m以上はあろうかというヤシの木(上の画像中央)や、1枚1枚の葉っぱが2〜3mはありそうなオウギバショウ(下の画像)など、その大きさに圧倒されそうであった。
また、花の美術館の温室は池や滝など、実際の自然を模した作りとなっていたが、こちらも負けてはいない。こちらは池や滝のほかにも、小川や橋があったり、洞窟があったりと、かなり凝った作りとなっている。洞窟(下の画像)では、余りの暗さに、泣き出した子供を見かけた。夕方だったということもあって、確かに暗いし、奥の方から不気味な雰囲気が漂ってくる(笑)。子供の気持ちが分かるような気がした。
ユニークだったのは、食虫植物用の展示室。これは花の美術館にはなかったな〜。この展示室では客は自分ひとりだったため、しーんと静まり返っている。私が一人見ていると、植物たちが遅い昼食にしようと、長い蔓を静かに私の背後に忍び寄せていた、なんてことがあったらどう身を守ろうか?なんてことを想像してしまう自分って・・・。映画の見すぎだろうか?。
展示されている花の種類も豊富だし、見所は満載。また、この日は「夢の島ラン展」が開かれており、様々な種類のランが展示されており、とてもきれいだった。あっ、あと見頃の花には説明書きがされていたのが、親切だった。
寝坊したせいで、入館したのが3時半、あっというまに1時間半が過ぎ、閉館の5時になってしまった。もっと早い時間に来ていれば、後1時間は見ることができたと思う。と、とにかく大満足の1時間半であった。こういう施設がもっとあれば良いのにな〜。
えっ!そんなに撮影したの?と後で確認して驚いたが、ここで撮影した画像の数はざっと165枚。仕事でもないのにこんなに撮影していたとは・・・(ここで撮影した花は、またおいおい紹介していくつもりです)。
2008/12/09(Tue)
花の美術館で撮影。撮影に熱中し過ぎて名前を確認してこなかった。調べても分からない。悔やしい。
さて、千葉市立花の美術館で美しい花々を堪能した後、千葉みなと駅からモノレールに乗り、市街地にある葭川公園駅に移動。そこから歩いて向かった先は、「千葉市立美術館」である。
夏に『ブラティスラヴァ世界絵本原画展 −歴代グランプリ作家とその仕事』で訪れたこの美術館では、現在『国立美術館所蔵による20世紀の写真』展が開かれている。ずっと気になっていた展覧会だったが、会期が12月14日までと残りわずかとなっている。花の美術館を歩き回り、若干疲れてはいたものの、行ってみることにした。
展覧会のテーマは、写真が芸術作品としての地位を獲得して以降、どのような芸術性の変遷を辿っていったのかというもの(写真は、もともと現実の風景を忠実に再現するための、情報ツールの一つに過ぎなかった)。
カメラを始めたばかりの自分でも、写真が芸術の一分野としての地位を確立しているということぐらいは知っている。でも、絵画の自然主義や印象主義のように、芸術性の変遷がもあるということは、今回初めて知ったことである。
会場は5つのブースに分かれており、それぞれのブースごとにストレート・モノグラフィーや、アヴァンギャルド、ドキュメンタリー写真などの作品が展示されている。各ブースの所々に解説を書いた札が貼られており、そこに展示されている作品がどのような作品なのかが説明されている。が、専門用語が多く、私のような初心者には、いまいちよく理解できなかった。この点は、先週行った「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展の方が、初心者に優しい解説だったように思う。
まぁ、解説が分からなくても、はっと心を奪われてしまうような美しい写真を堪能することはできる。
いくつか良いな〜と思った作品を紹介してみる。まず「マンザナールから眺めたウィリアムソン山」(アンセル・アダムス)は、手前にごろごろした岩が転がっているだけの荒地とその奥にそびえるウィリアムソン山を写した写真。寂寥感の漂う山々に、雲間から日の光が射して込んでいる様子が、とても幻想的で美しい作品だった。
「紡績工場の子供」(ルイス・W・ハイン)は、紡績工場で働く少女を写した写真。小学校低学年ぐらいであろうか。女の子が一生懸命働いている様子は、一見すると可愛らしい感じもする。が、よく考えると、巨大な紡績機械の前でこんな小さな子供が作業するなんて、とても危うげである。それに、まだ遊びたい盛りだろうに、こんな年頃から働かされていたのかと思うと、胸が打たれる。今でこそ「子どもの権利」が確立しているが、昔は普通に見られた光景だったのだろう。
「アルベルト・アインシュタイン」(ユーサフ・カーシュ)は、誰もが知る有名な物理学者アインシュタインの肖像写真である。温和な表情の中でキラキラと輝く瞳が、いかにも好奇心に満ち溢れているという感じがする。性格は表情に表れるという言葉を思い出した。
というように、解説は十分理解できなかったものの、作品を鑑賞して楽しむことができた。鑑賞しながら自分の写真の好みを考えてみたが、撮影時にぼかしなどの技巧を加えたり、被写体や撮影後の写真そのものに手を加えたような作品よりは、ストレート・フォトグラフィーやドキュメンタリー写真のように、ありのままの姿を写し出そうとする写真の方が、私は好きなようだ。
今の所は、何も考えずに撮影をしてただ楽しんでいるだけだが、いつかカメラや写真について、本格的に勉強してみたいな〜などと思う展覧会であった。
千葉市立美術館入口
2008/12/08(Mon)
画像は、サルビア・レウカンサ。千葉市立花の美術館庭にて撮影。
前回の記事に風邪がぶり返したと書いた。が、その日の夜、マスクをして寝たのが良かったのか、高めの栄養ドリンクを飲んだのが効いたのか、翌日土曜日には、すこぶる鼻の通りが良くなり、熱もすっかり引いた。風邪はとりあえず治った?ようだ。
土曜日は、体調も良くなり、せっかくの休日。しかも天気が良い。こんな日は出かけるに限ると、朝からぱっと家の中の掃除をし、昼前から出かけた。まず向かった先は、JR京葉線 稲毛海岸駅。
この駅で電車を降りるのは、今回が初めてのこと。京葉線沿線は、ほとんどがもともと海だった場所で、戦後埋め立てられて作られた町が多い。稲毛海岸駅の周辺も、そうした町の一つ。駅を出ると幾棟ものマンションが整然と並び、いかにも人工的に作られたという雰囲気の町である。また、どうやらこの辺りは、羽田空港の場周コースに入っているようで、羽田に向かう飛行機が頻繁に頭上を通り過ぎていく。
さて、今回駅から10数分ほど歩き、向かったのがこちらである。
稲毛海浜公園にある「千葉市立花の美術館」である。
このブログでは、毎回撮りだめしている植物の画像を最初に紹介するのが定番になっている。ところが、最近寒くなってきたので、植物画像のストックが少なくなってきた。そこで、ネタを仕入れるため、植物鑑賞と写真取材を兼ねて訪れたのだった。
今回が初めて訪れた花の美術館は、1996年に作られた屋内植物園で、館内と庭にはその季節に応じた900種以上の植物が展示されているそうだ。今は真っ赤なポインセチアや白いシクラメンなど、きらびやかな花が展示されており、クリスマスムード満天で、家族連れやカップルが多かった。さすがに男一匹で来ているのは、自分ぐらいだろうと思っていたら、上には上がちゃんといるもので、本格的な一眼レフカメラと三脚を引っさげたオジサンたちが、花々を黙々と撮影していた。
彼らに負けじと、私もたくさんの写真を撮影したが、ここで撮影したうちの一枚を、早速今回の記事の冒頭で紹介している。撮影したものをここでまとめて紹介してしまうと、今後の記事で紹介するものがなくなってしまうので、もったいぶるようではあるが、小出しに紹介していこうと考えている。
温室棟の方には、熱帯性の植物が展示されている。中に入るとモワッという温かさ湿気。マイナスイオンが目に見えそうである。
熱帯性植物が生い茂るジャングルといった雰囲気で、別世界にきたようであった。この日は、タートルネックのセーターにコートという服装だったので、あっという間に汗ばんでしまった。でも、展示されている珍しい植物たちに、そんなことを気にしている暇もなかった。
館内だけでなく、屋上や館外の庭園も見どころの一つである。
ずいぶんと撮影したので、しばらく画像に困ることはなさそうである。また、展示されているさまざまな植物に、全く飽きることがなかった。館内館外ともくまなく見て回り、花や樹木をすっかり堪能することができて、大満足である^^。季節によって展示されている花が変わるようなので、季節が変わる頃にまた訪れたいと思う。
稲毛海岸。この日は風が強かったので、若干海が荒れ気味だった。
2008/12/02(Tue)
菊である。11月の始め頃からたびたび紹介してきたが、こんなに寒くなっても咲いているものかと、ちょっとした驚きである。こうしてブログで紹介したからこそ気付いたことだろう。
昨日は珍しく塾への月曜出勤。中3の模試が近く行われるため、夕方からとあるクラスでその対策授業をしてきた。平日なので学校がある上、月曜日はもともと中学3年生の授業がない日で、しかも実施を決めたのが前日だったため、さて何人の生徒が集まるかと思っていたが、風邪で欠席した1人を除いて全員が出席。生徒たちのやる気に意表を突かれ驚いたが、同時にうれしくもある。ハリキリ過ぎて、今になって思えば恥ずかしいぐらいハイ・テンションになってしまった。
さて、話は変わって、先週末の土曜日、「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展に行って来た。場所は上野、国立西洋美術館。歩いていて思わず視線を吸い寄せられずにいられない、独特の雰囲気を持ったポスター(下の画像)に惹かれ、そのうち行こうと思っていたのだが、気づけば翌週には終わってしまうとのこと。慌てて行ってきたという感じだ。
ハンマースホイについては、この絵画展を知るまで全く知らなかったが、デンマークの画家で、19世紀の終わりから20世紀の初め頃にかけて活躍した人だそうだ(→詳しくは
こちら)。
一つ一つの作品を鑑賞していて、私のような素人目にも分かるのが、暖色と寒色の少なさである。灰色の空や白い壁、黒いドレスなど、キャンバスいっぱいの無彩色に圧倒されそうである。
同時に、どの作品にも共通していえるのが、どうすればこんなふうになるのだろうかという静寂感。しんという音が聞こえそうなほど静かで、物寂しい様子にとにかく見入ってしまう。ポスターを見た時に、私が引き付けられたのはこの雰囲気である。一人取り残された放課後の教室、雪がしんしんと降り積もっていく冬の朝、大騒ぎして帰宅した後の誰もいない自宅など、静寂感という言葉から思い浮かぶ情景はいろいろあるが、それを絵で表すとこのようになるのであろう。展覧会のサブタイトルの「静かなる詩情」という言葉は、まさに的を射たネーミングだと思う。
また、彼は、対象となる人物の人格を知らなければ、その人を描くことはできないという考えの持ち主で、人に頼まれて人物画を描くということが余りなかったそうだ。今回展示されていた作品も、ほとんどが彼の身内を描いたもので、圧倒的に多かったのが妻イーダを描いた作品である。
面白いのは、イーダを描いた絵のほとんどが、後姿を描いたものだということ。正面から描いた作品は1つだけ(義姉、妹とともに描いた作品を含めると2作品)だった。妹や弟を描いた作品はきちんと正面から描いているのに、なぜか沢山描いたイーダの絵は、そのほとんどが後姿。いかにも意味ありげである。こんなに沢山描いたということは、イーダを愛していなかったということではなさそうだ。でも愛する妻を描くのだとすれば、自分なら自慢げに正面から描くと思う。ということは、奥さんが単に恥ずかしがり屋だったとか。でも本当に恥ずかしがり屋だったら、そもそもモデルを引き受けないし・・・。などと、いろいろ考えてしまうが、結局のところ、どのような意味が込められているのか、分かりようもない。こうしたミステリアスな所も、ハンマースホイの魅力といえるのかもしれない^^。
入場したのは午後2時前だったのに、会場を出て時計を見るとちょうど5時。たっぷりと3時間以上も鑑賞していた。こうした展示会では、1時間も見ていると途中疲れて集中力をなくしてしまうので、いつも休憩を挟みながら鑑賞するのだが、今回は休憩を挟まず最初から最後まで鑑賞し通した。それほど魅力的な作品が多かったといえるだろう。
そもそも、それほど芸術に詳しいわけでもないのだが、ヨーロッパ絵画で思い浮かぶ国というと、フランスやイタリア、スペインなどむしろ南欧の国々や、せいぜいオランダといったところ。高校世界史と大学で履修した芸術史の記憶をいくら辿ってみても、北欧の芸術作品について勉強した記憶がない(後で調べたら、ムンクがノルウェーの画家だということを知りました)。そんなわけで、北欧芸術の一端を知るという意味でも有意義な展示会であった。
ただ、土曜日で、その上、間もなく終了の展示会ということもあったのだと思うが、館内は結構な混みよう(東京都美術館で開かれているフェルメール展の混雑は、もっとすごいそうだ)。そのため、荷物をロッカーに預けることができなかったり、作品を見るまでに時間がかかったりという不便があった。が、まぁ、それを差し引いたとしても、見に行って良かったと思える展示会だった。
美術館前のイルミネーション
2008/11/14(Fri)
以前ご紹介した名前知らず。花びらが紫のものを見つけたので撮影。
さて、前回の記事で葛西臨海公園に行った時のことを紹介したが、今回はその続きである。
2008/08/24(Sun)
先日、千葉そごう9階の「こだわり趣味の街」に立ち寄ったことは、
23日の記事に書いた通りである。
この時、ちょっとした展示会が開かれていたので、遅ればせながら紹介しておく。
場所は9階「こだわり趣味の街」の切手とコインの店の近くだった・・・ような気がする。そこで開かれていたのが『立花 光朗 展 〜木の精たち〜』という展示会。広さ6畳ほどの小さな展示会であるが、展示されている木彫りの女性像は、優しげでとても存在感がある。「木の精」というネーミングが、まさにぴったりだと思った。
その他、木彫りのうさぎなどの小動物なども置かれていた。こんなのを子供にプレゼントしたら、きっと喜ぶだろう。子供を連れて買い物に来たついでに、ちょっと立ち寄ってみるのに良い、可愛らしい展示会であった(展示会は8月31日まで。その後は「酒々井まがり家」にて9月11日から11月3日まで、同様の展示会が開かれるとのことである)。